・8月19日(1)
いよいよ北大の試験の当日だ。この日は9時半頃に起床した。本来ならばもっと早く寝るつもりだったのだが、就床したのは結局午前1時過ぎだった。とはいえ試験の集合時刻は15時で、十分余裕がある。しばらくのんびり過ごした後、昼食や髭剃りなどの準備を済ませ、スーツに着替えて出発した。提出したレポートの5章の件はずっと心の片隅にあったのだが、今更どうにもならないので諦めた。
15分ほど余裕を持って集合場所に到着した。他の受験生は、私より後に着いた人も含めて4人くらいで、全員スーツを着ていた。部屋に貼ってあった紙を見る限り、他に午前や昼頃に集合のグループもあったようだ。高々5人くらいの受験生のために教員をわざわざ札幌から東京に派遣した、というわけでは流石にないらしい。10分要約の内容を頭の中でシミュレートしながら呼ばれるのを待った。
30分ほど待つと名前が呼ばれた。試問室に入り、受験番号と名前を告げ、6人ほどの試験官を前にして10分要約の発表を開始した。ホワイトボードの前で内容を説明するのは初めてだったが、特に大きな失敗もなく終えることができた。次は板書を元に試験官とやりとりをするフェイズだ。ここでは、以下のようなやりとりがあった。
Q1「カオスの定義について、"|f^n(x)-f^n(y)|>β"とありますが、これは一般の位相空間での話ですよね。この絶対値はどういう意味ですか。」
A1「距離空間(X,d)を考えていて、位相は自然に定まる距離位相を入れていました。ですので、ここはd(f^n(x), f^n(y)) > βと書くべきでした。修正します(板書を直す)。」
定義の部分は教科書をほとんど丸写ししていたため気付かなかった。
Q2-1「距離位相の話が出ましたが、その定義を教えてください。」
A2-1「えーっと、位相ですか。Xの位相オーには、空集合とXが含まれていて、それで、有限のintersectionについて閉じていて.......」
Q2-2「それは一般の位相ですね。距離位相の定義を述べることはできますか。」
A2-2「あ、えと、開球をB_r(板書する: B_r(x)={y∈X | d(x,y)<r } )として、それらと空集合とXはまずオーに入っていて、それでそれらの有限のinteractionと、非可算無限のunionも入っている(*1)......ですかね。」
Q3-1「位相空間について伺います。コンパクト性をご存知ですか。」
A3-1「聞いたことは......。」
Q3-2「では、定義を述べてください。」
A3-2「え、えーっと......。まず、ある集合が、ある集合族のunionに含まれることを被覆と言って、それで、その集合の任意の開被覆に対して、有限の開被覆が存在して、有限開被覆で覆うことができる.......あれ?」
開被覆を開被覆で覆う?一体何を言っているのか。一気にテンパってきた。これはまずい。これはもともとうろ覚えであり、答えようとする方が無茶だ。この質問、平静だろうと答えられない。
A3-2「いや、えっと、その、すみません、わかりません」
Q4, Q5「では、******はご存知ですか。」
2問ほど位相空間について尋ねられたはずだが、何を聞かれたのかは覚えていない。答えられなかったのは確かだ。位相空間もロクに知らないのに、あれほど楽観的に思っていたことが間違いだった。もう頭も真っ白だ。試験当日までに感じておくべきだった危機感が、今ここで一気にのしかかってきた。焦燥と緊張が体を駆け巡っていた。(続く)
(*1)この言い方では、例えば「開球と開球のintersection」同士のunionは開集合系に入っていないことになり、おかしい。ちゃんと開基の概念を使って説明する必要がある。
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「私の院試体験」目次
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