2018年10月20日土曜日

私の院試体験(12)

・8月21日(2)
試験はTOEFL ITPからのスタートだ。TOEFL対策はいい加減だったが、6月のときと同程度に手応えが感じられ、まずは上々な滑り出しとなった。2ヶ月前に取った杵柄である。
昼食(*1)の後は基礎科目(*2)を受けた。 基礎物理学は過去にあまり出題されてこなかった電磁気学だったが、これまで電磁気学を3回も履修している(*3)私にとっては楽勝だった。基礎物理化学も得意分野が出てほとんど解けた。基礎無機化学は半分解けた。基礎分析化学は相変わらず勘頼みだったが、それも含めて概ね計画通りに終わった。
最後に待ち受けるのは専門科目である。物理と物理化学のうち、まずは物理から取り掛かることにした。解き進めてみて、私は違和感を覚えた。おかしい、いつもと感じが違う。過去問のときのようにサクサク解けない。それでも丁寧に考えれば解き進められたのだが、7割ほど解いたところで詰まってしまった。ゆっくり問題文を眺めてみると、普段より誘導が少ないことに気が付いた。例えば、分配関数を計算するための(問題設定に応じた)具体的な表式は毎年与えられていたのに、今年はない。とりあえず誘導に従ってハミルトニアンを対角化したは良いのだが、ここからどうすれば良いかうろ覚えだ。困った、私は化学が苦手なので物理で高得点を取るしかないのだが......。おぼろげな記憶に従って解答を作成したが、これでは9割超とはいかないだろう。物理化学で挽回せねば、という思いを抱きつつ物理化学の冊子を開いた。
物理化学の第一問は化学熱力学だった。化学熱力学の前半は典型的な問題なので順当に解けたが、後半が解けそうで解けない。無駄に粘って時間を浪費した後、諦めてページをめくり量子化学の問題に着手した。分子分光学は当然解けないので、かろうじて解けそうな問題に手をつけるが、積分計算がむやみに複雑になって答えにたどり着けない。これで全ての問題に目を通したことになるが、これでは得点率2割5分程度だ。挽回せねばと息巻いていた結果が2割5分はまずい。過去問では半分弱くらい解けていたから、本当なら6割ほど取りたいところだ。しかし、朝から頭をフル回転させてきたため、脳がショート寸前だ。どうすれば良いのか、どの問題を考えるのが戦略上一番有効なのか、もはや判断がつかない。頭が固まり、焦りが募る。盗み聞きした京大生達の会話を思い出す。彼らの話し振りからすれば、同じ研究室を第一志望にしている人が自分の他にも少なくとも1人、恐らくは2人以上いるようだった。合格者は例年2人ほどらしいから、戦って勝つ必要があるだろう。そう、私は化学が専門の学生と戦わなければならないのだ。なんでそんな無謀なことをやろうと思ってしまったのか。8月の院試勉強中に何度も湧いた弱気さだ。私は過去の自分に向けて呪詛の言葉を吐いた。己を恨んだところで、何かが解決するわけでもなければ心がスッキリするわけでもない。スッキリどころか、むしろ気分が悪くなってきた。吐いたばかりなのに吐き気がする。プレッシャーのせいか、考えすぎたせいか、睡眠が足りなかったのか、部屋の空気が悪いのか、誰かに呪われたのか......。
私は、問題文を前にして手を動かすこともできず固まっていた。思考は頭の中でいたずらに暴れるばかりで、解答として結実することはなかった。
刹那、私の体に一筋の電流が走った。その信号を受け取った私は、自分が今しなければならないことを即座に理解した。思考に意識を割くあまり忘れてしまっていたものの、それはいつかは対処しなければならない事項だった。私は手を上げて試験監督を呼んだ。
私の膀胱は限界だった。(続く)

(*1)昼食は京大の北部食堂で摂った。京大の学食は「北高南低」といわれ、北部食堂が最も美味しいというのが専らの評判である。その場で中華鍋を振るって作ってくれるメニューがあり、食べてみると確かに美味しかった。
(*2)問題の中身はここで閲覧できる。
(*3)1年次に前期教養の電磁気学を受けて不可になり、2年次に前期教養の電磁気学を他クラス聴講(いわゆる再履修)し、3年次に後期教養の電磁気学をとった。

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