2018年10月3日水曜日

ロジスティック写像(1)

このblogにTeXを導入した。せっかくなので、院試に際して大学側に出したレポート(*1)を公開することにしよう(*2)と思う。
(追記: どうやら、モバイルモードではTeXの数式がきちんと表示されないようだ。対処法としては、1. PCモードで見る、 2. 頑張って解読する、3. 読むのを諦める、の三つの選択肢が考えられる。好みに応じて選んでほしい。)



写像$f: X \to X$を繰り返し合成することによる離散力学系を考える。すなわち、$x_n \in X$に対し$x_{n+1}=f(x_n)$とする。本レポートでは、特にロジステック写像による力学系 \begin{equation} L_a(x)=a x (1-x) \label{eq:logi} \end{equation} \begin{equation} x_{n+1}=L_a(x_n) \label{eq:logi2} \end{equation} を考察する。


1. ロジスティック写像の基本的振る舞い


まず、この力学系の振る舞いを数値計算で調べた。様々な$a$の値に対して、ロジステック写像の時系列データをとった。その結果を次の図1に示す。横軸が$n$、縦軸が$x_n$である。ただし、初期値は全て $x_0 = 0.2$ とした。

図1 logistic 写像の時系列データ

紫の点は$a = 1$のときのデータで、$0$に収束している。緑の点は$a = 2$のときで、$0.5$ に収束している。水色の点は$a = 3$のときで、減衰しながら振動している。橙色の点は$a = 3.5$のときで、一定の振幅を保ちながら振動しているかのような、二つの系列が生じている。黄色の点は $a=3.8$のときのデータで、濃淡はあるもののほとんどバラバラに散らばっているように見える。
ロジスティック写像に関して、$x_0 = 0.2, \tilde{x}_0 = 0.2000001$ の二点をとり、この二点の距離$|x_n - \tilde{x}_n|$が$n$ を大きくするごとにどのように変化していくかを調べた。その結果を次の図2に示す。 

図2 logistic写像による初期値の差の増幅

横軸が$n$、縦軸が $\log |x_n − \tilde{x}_n|$である。紫の線は$a = 3.8$のとき、緑の線は$a = 3.7$のとき、青の線は$a = 3.6$のときのデータを表す。$a = 3.5, 2$のときのデータもプロットしたが、二点間の距離が拡大することはなく、この図には表示されていない。$a = 3.6, 3.7, 3.8$ではロジスティック写像が初期値のわずかな違いを指数関数的に増幅していることを示していることが分かる。この性質は、「カオス」の特徴の1つとされる。


2. テント写像のカオス


この節では、位相空間を用いてカオスを定義する。力学系のカオスを示す上で役立つ定理(定理1)と、それによってカオス性を示すことができる力学系$(I,\mathcal{O},T)$を紹介する。

$(X,\mathcal{O}_X),(Y,\mathcal{O}_Y)$を位相空間とする。

定義1 [連続写像]

写像$f: X \to Y$が連続であるとは、任意の$V \in \mathcal{O}_Y$に対し$f^{-1}(V) \in \mathcal{O}_X$となることをいう。ただし、$f$による$V$の逆像を$f^{-1}(V)=\{ x \in X | f(x) \in V \}$で定める。
$X,Y$がユークリッド空間のとき、これは$\epsilon - \delta$論法による連続の定義と一致する。

定義2 [閉包、稠密性、内部、境界]

$A \subset X$に対し、$A$の閉包$\overline{A}$を$\overline{A}=\{ x \in X | x \in V, V \in \mathcal{O}_X \Rightarrow V \cap A \neq \emptyset \}$で定める。また、$\overline{A}=X$のとき$A$は$X$上で稠密であるという。$A$の内部$A^{\circ}$、$A$の境界$\partial A$を$A^{\circ}=\{ x \in X | \exists U \in \mathcal{O}_X, x \in U, U \subset A\}, \; \partial A=\overline{A}-A^{\circ}$で定める。

定義3 [近傍]

$\mathcal{N} \subset X$が$x \in X$の近傍であるとは、$x \in U$かつ$U \subset \mathcal{N}$を満たす$U \in \mathcal{O}_X$が存在することをいう。
以下、$(X,d)$を距離空間とする。$X$の距離位相を$\mathcal{O}$とする。開球$\{x \in X | d(x,p)< r \}$を$ B_r(p)$とかく。 写像$f$の$n(\in \mathbb{Z}_{\ge 0})$回反復を$f^n$とかく。ただし、$f^0$は恒等写像と定める。また、$A \subset X$に対し$\{ f(x) \; | \; x \in A\}$を $f(A)$とかく。

定義4 [周期点]

点$p \in X$が$f: X \to X$の周期点であるとは、ある$n \in \mathbb{Z}_{>0}$が存在し、$f^n(p)=p$とできることをいう。このとき、$n$を周期点$p$の周期という。
$p \in X$に対し、$p$の軌道$\{ f^n(p) | n \in \mathbb{Z}_{\ge 0}\}$を$O(p)$とかくことにする。$p$が周期点ならば、$O(p)$は有限集合となる。

定義5 [Devaneyのカオス]

写像$f: X \rightarrow X$が次の3つの条件を満たすとき、$f$は(Devaneyの意味で)カオスである(カオス性を持つ)という。
  1. $f$の周期点は$X$で稠密である。 
  2. $f$は$X$上で位相推移性を持つ。すなわち、 任意の$U,V \in \mathcal{O}$に対し、ある$n \in \mathbb{Z}_{>0}$が存在して$f^n(U) \cap V \neq \emptyset$とできる。
  3. $f$は初期値鋭敏性を持つ。すなわち、ある鋭敏性定数$\beta >0$が存在して、任意の $x \in X$と、$x$の任意の近傍$\mathcal{N}$に対して$d(f^n(x),f^n(y)) > \beta$を満たすような$n \in \mathbb{Z}_{>0}, y \in \mathcal{N}$が存在する。

補題1

$X$が有限集合でないとする。このとき、$f$が定義5の条件1を満たすならば、$O(q_1) \cap O(q_2) = \emptyset$を満たすような2つの周期点$q_1,q_2 \in X$が存在する。
[証明] 周期点$q_1$を勝手に一つとり、その周期を$n_1$とする。$O(q_1)=\{ q_1, f(q_1), \dots, f^{n_1-1}(q_1)\}$は有限集合だから、$x \notin O(q_1)$を満たす点$x \in X$が存在する。この$x$について、 \begin{equation} V=B_{\delta}(x) \in \mathcal{O}, \; \delta = \min \{d(x,y) >0 \:| \:y \in O(q_1)\} \end{equation} とおくと、$V \cap O(q_1) = \emptyset$である。また、周期点の稠密性より$q_2 \in V$である周期点$q_2$を取ることができる。その周期を$n_2$とする。\\ ここで、$O(q_1) \cap O(q_2) \neq \emptyset$と仮定すると、ある$k_1 \in \{0,1,\dots n_1-1\}, k_2 \in \{0,1,\dots n_2-1\}$が存在して \begin{equation} f^{k_1}(q_1) = f^{k_2}(q_2) \in O(q_1) \cap O(q_2) \label{eq:lem} \end{equation} とできる。\eqref{eq:lem}の両辺に$f^{n_2-k_2}$を施すと、 \begin{equation} q_2 = f^{n_2}(q_2)=f^{n_2-k_2+k_1}(q_1) \in O(q_1) \end{equation} となるが、これは$q_2 \in V$と$V \cap O(q_1) = \emptyset$に矛盾。よって$O(q_1) \cap O(q_2) = \emptyset$が示された。[証明終]

定理1

$X$が有限集合でないとする。このとき、$f$が連続で、更に定義5の条件1及び2を満たすならば、条件3が従い、$f$はカオスである。
[証明(*3)] 補題1を使って、$O(q_1) \cap O(q_2) = \emptyset$を満たすような2つの周期点$q_1,q_2 \in X$をとる。$O(q_1), O(q_2)$は有限集合だから、 \begin{equation} \delta_0 = \min \{ d(x,y) \:|\: x \in O(q_1), y\in O(q_2) \} \end{equation} とおくと、$\delta_0 >0$である。ここで、$\delta=\delta_0/8$とおく。この$\delta$が鋭敏性定数となっていることを示す。
さて、任意の$x \in X$と、$x$の任意の近傍$\mathcal{N}$をとり、$U=\mathcal{N} \cap B_\delta(x) $とおく。$\delta$は$x$の取り方によらずに定まっていることに注意する。このとき、 $U$に含まれるような$x$の開球が存在するから、周期点の稠密性より、$p \in U$である周期点$p$をとることができる。$p$の周期を$n$とおく。
ここで、 \begin{equation} \begin{split} & \min \{ d(x,y_1) \:|\: y_1\in O(q_1) \} + \min \{ d(x,y_2) \:|\: y_2\in O(q_2) \} \\& \ge \min \{ d(y_1,y_2) \:|\: y_1\in O(q_1) ,y_2\in O(q_2)\} = \delta_0 =8\delta \end{split} \end{equation} であるから、$\min \{ d(x,y) \:|\: y\in O(q_1) \} \ge 4\delta$または$\min \{ d(x,y) \:|\: y\in O(q_2) \} \ge 4\delta$である。よって、$q_1$または$q_2$を$q$とおき直すことにより、$\min \{ d(x, y) \:|\: y\in O(q) \} \ge 4\delta$を満たす周期点$q$をとることができる。この$q$に対し、 \begin{equation} V=\bigcap_{i=0}^n f^{-i} (B_\delta(f^i(q))) \label{def:V} \end{equation} とおく。$q \in V$より$ V \neq \emptyset$であり、更に、$f$の連続性より$V \in \mathcal{O}$である。
$U$は開集合を含むから、$f$の位相推移性より、ある$z \in U$と$k \in \mathbb{Z}_{> 0}$が存在して$f^k(z) \in V$とできる。この$k$に対して、$j$を$k/n+1$の整数部分とおく。$0 \le k/n+1-j <1$より、$0 <nj-k\le n$すなわち$1\le nj-k \le n$を得る。これと\eqref{def:V}より、 \begin{equation} f^{-(nj-k)}(B_\delta(f^{nj-k}(q))) \subset V \label{eq:hogehoge} \end{equation} となる。$f^k(z) \in V$と\eqref{eq:hogehoge}より、 \begin{equation} f^{nj}(z)=f^{nj-k}(f^k(z)) \in f^{nj-k}(V) \subset B_\delta(f^{nj-k}(q)) \label{subs} \end{equation} が得られる。
ここで、$f^{nj}(p)=p$であるから、三角不等式を用いて、 \begin{equation} \begin{split} d(f^{nj}(p),f^{nj}(z))& =d(p,f^{nj}(z)) \ge d(x,f^{nj}(z))-d(p,x) \\ & \ge d(x,f^{nj-k}(q))-d(f^{nj-k}(q),f^{nj}(z))-d(p,x) \end{split} \end{equation} となる。$f^{nj-k}(q) \in O(q)$より$d(x,f^{nj-k}(q)) \ge 4\delta$、\eqref{subs}より$d(f^{nj-k}(q),f^{nj}(z)) < \delta$、$p \in B_\delta (x)$より$d(p,x) < \delta$であるから、$d(f^{nj}(p),f^{nj}(z))>2\delta$である。三角不等式より、 \begin{equation} d(f^{nj}(x),f^{nj}(z))+d(f^{nj}(x),f^{nj}(p))\ge d(f^{nj}(p),f^{nj}(z)) >2\delta \end{equation} となるから、$d(f^{nj}(x),f^{nj}(z)) > \delta$または$d(f^{nj}(x),f^{nj}(p))>\delta$の少なくとも一方が成り立つ。$p,z \in \mathcal{N}$であるから、これより$f$の初期値鋭敏性が示された。[証明終]

以下、$I=[0,1]$とし、$\mathcal{O}$は$I$に定まる標準位相とする。$I$は有限集合でない。テント写像 $T: I \to I$を \begin{equation} T(x)= \begin{cases} 2x & (0 \le x < 1/2) \\ -2x+2 & (1/2 \le x \le 1) \end{cases} \label{eq:deftent} \end{equation} で定める。 $T$は連続写像である。

命題1 [テント写像のカオス]

力学系$(I,\mathcal{O},T)$はカオスである。
[証明] $T(x)$のグラフは、$x=0$から$\frac{1}{2}$にかけて$0$から$1$まで直線的に増大し、$x=\frac{1}{2}$から$1$にかけて$1$から$0$まで直線的に減少する二等辺三角形のような形をとる。この三角形1つを"テント"と呼ぶことにすると、反復写像$T^n(x)$のグラフは、幅$1/2^{n-1}$のテントが$2^{n-1}$個横に並んだ形をしている(図3)。
図3 テント写像の反復合成

ここで、直線$y=x$と$T^n(x)$の交点は$T^n$にとっての不動点、すなわち$T$にとっての($n$を周期として持つ)周期点に相当する。1つのテントは$y=x$と(2箇所で)交わるから、各$k=0,1,.......,2^{n-1}-1$に対して区間$[k/2^{n-1}, (k+1)/2^{n-1}]$内に$T(x)$の周期点が存在する。任意の$U \in \mathcal{O}, U \neq \emptyset$に対して、$n$を十分に大きくすることで$U$に含まれるようなある区間$[k/2^{n-1}, (k+1)/2^{n-1}]$を取ることができるから、$U$に属する周期点が存在する(周期点の稠密性) 。さらに、$T^n([k/2^{n-1}, (k+1)/2^{n-1}])=[0,1]$であるから、$\{ T^n(x) | x \in U \}=[0,1]$であり、任意の$V \in \mathcal{O}, V \neq \emptyset$に対して$T^n(U) \cap V \neq \emptyset$とできる(位相推移性)。 定理1より、Tはカオス。 [証明終]


「ロジスティック写像(2)」に続く。

(*1) このレポート、TOEFL、(このレポートに関連した内容の)口頭試問で合否が決定される。実はこのレポートこそが「院試勉強に集中できない」で言っていたレポートである。
(*2) 中身はそのままだが、blog掲載用に画像や定義の書き方の設定など色々いじってある。決して手抜きではない。しかも、この記事は数式が読みやすくなるよう他の記事より行間を広くとってある。特別仕様なのだ(この個別設定の方法に気付くのがなかなか難しかった)。
(*3) この証明は参考文献[5]の'On Devaney's Definition of Chaos'を読んで行間を埋めたものだが、一部埋まらなかった行間があった。どうしたものかと悩んで、牛腸先生に相談して助けてもらった。牛腸先生の優しさがとてもありがたかった。

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