2019年10月1日火曜日

続・私の院試体験(11)

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・2019年4月26日(2)
私は、睡眠導入剤に加えて抗鬱薬を処方された。ゴールデンウィークの間は研究のことを忘れてゆっくり休みなさいとのことだった。それでも治らなかったら使いなさい、ということで一緒に診断書も出してもらった。

・2019年4月27日~2019年5月3日
私は薬を持って実家に帰った。処方された薬を飲んでいると、口の渇きや吐き気などの症状は少しずつ治まっていった。食欲も増えた。そして、恋愛感情も次第に自分の手元に戻ってきた。
この一連の出来事を受けて、私は告白を急がなければならないと考えた。今でこそ恋愛感情があるものの、またいつ消えてしまうか分からない。告白をするならば、自分に恋愛感情がある今しかない。せっかく芽生えた大切な気持ち、20年間生きてきてやっと見つけた大切な気持ちが、ただ消えゆくのを見守っているだけなのは嫌だった。その気持ちが自分にとって大切であるのならば、それを守る努力をしたい。そのための手段は、やはり告白ということになる。「彼女」の恋人という立場があれば、彼女ともっと話ができる。彼女のことをもっともっと好きになれる。私は、彼女のことが好きだった。そして、彼女のことをこれからも好きでいたかったのだ。
それに、彼女への告白が成功するかどうかは、東大の院試を受けるか受けないかの判断材料にもなるのだった。告白をずるずると引き伸ばし、院試を受け損ね、それから告白に失敗したとなっては目も当てられない。もう、次のデートで告白する以外の選択肢は考えることができなかった。引っ越して新年度から環境が変わった彼女の周りには、私以上に彼女の恋人にふさわしい存在などいないはずだ。人間関係がまだまだ浅く、ライバル不在の今がチャンス。私は強気だった。振られることも想定はしていたが、十中八九OKしてもらえると思っていた。

・2019年5月4日
青く晴れた午後の空を眺めながら、私は告白のタイミングを伺っていた。ベンチに座る私の隣には「彼女」がいる。目の前ではダムが静かに水を湛え、後ろでは木々の枝が風に揺れてカサカサと音を立てていた。二人ともが沈黙していた。額にじわりと汗が滲むのは、果たして初夏の陽気のせいだろうか、それとも緊張のせいだろうか。
私は、ついに決意を固め、口を開いた。
「俺は、君のことが好き。だから俺と付き合ってほしい」
少し経って、彼女が答えた。
「勇気を出して言ってくれてありがとう。......嬉しい。でも私、人を好きになるってことが、まだあんまりよく分かってなくて。だからちょっと考えさせて」
彼女は、告白の返事を保留にした。

・2019年5月5日
昼頃、私は一通のメッセージを受信した。「彼女」からだ。
「昨日のことだけど、色々考えた結果、答えはNoです」
私は振られた。とめどなく涙が溢れてきて、ただ泣くことしかできなかった。泣けば泣くほど、自分は本当に彼女のことが好きだったのだという実感が深まっていった。もう、私は彼女を好きでいることは許されないのだ。私は布団の中に閉じこもって、何時間も何時間も泣き続けた。
夕食の時間になった。涙はもう乾いていた。私は自室を出て、父と母が待つリビングに行った。しかし、せっかく用意してもらった夕食を前にしても、あまり食欲は湧かなかった。私は、努めて平静を装うようにしていたが、やはりどこか様子が普段と違っていたのだろう。どうかしたのか、と尋ねられた。私は答えた。
「......大学に、行きたくない」
ゴールデンウィークは明日で終わる。明日は京都に戻る日だった。それが、憂鬱で憂鬱でならなかった。私の発言に戸惑う両親に対して、私は、鬱病と診断されたこと、今の専門分野に違和感を覚えていること、そして、京大の退学と東大への進学を考えていることを訥々と伝えた。
しかし、私の言葉はにわかには受け入れがたかったようだった。父は、「京大を辞めるんやったら、留学したらええんちゃう」と言った。鬱病で衰弱しきった今の自分に、そんな気力があるとは到底思えなかった。自分が弱っていることが、父にはうまく伝わっていないようだった。母は、無言でテレビを眺めていた。
私は自室に戻った。今まで、気分が沈んでどうしようもなくなったときは、文章を書くことで自分の状態への考察を深めてきた。今回もそうしよう。書くことが、今の私にとって唯一の処方箋だ。私はノートパソコンを開いて、自分のblogにログインし、「新しい投稿」をクリックした。タイトルは......「初恋」にしよう。私はこう(*1)書き始めた。
「自らの思考や感情を整理する方法を、私は書くこと以外に知らない。鬱々とした気分になったときは、ずっと文章に綴ってきた。だから今回も書くことにする。 私は失恋した。」
カタカタと文章を打ち込み続けていて、ふと、疲れたな、と感じた。私はノートパソコンを閉じ、ベッドに入って、照明を消した。(続く)

(*1)現在の版は、初稿から何度かのマイナーチェンジを経て文章が少し変わっている。ref.「初恋(1)」

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