2018年11月3日土曜日

星のや東京に泊まった

今年の9月に、星のや東京に泊まる機会があった。母曰く、星のやというのは言わずと知れた高級ホテルらしい。私は言われるまでその名前を知らなかった。そうした高級ホテルに宿泊することになったのも、従姉妹の結婚式があったからだ。結婚式のために祖父母を関西から連れてくる必要があったわけだが、祖父母が慣れない東京でもゆっくりリラックスできるよう(*1)、伯父が高級ホテルを予約したのだ。しかし、祖父母だけを宿泊させて東京でやっていけるとは考えにくい。そこで、現地の事情に明るい私も諜報要員として送り込まれたのだった。
星のや東京は大手町にある。ビル型のホテルで、18階まであるらしい。ビルがホテルになっているとは、ちょっとビジホっぽい。建物に到着して気付いたのは、入り口の分かりにくさだ。入り口が道路側になく、広場(歩行者用スペース)側にあったのだ。私が到着したときには、入り口を探してぐるぐる回っている人が他に2人いた。入る前から高級ホテルの洗礼を受けた。
入館すると、いきなり靴を脱いで預けるよう告げられ面食らった。実は館内の廊下などはほぼ畳敷きであり、常に靴下で過ごすことになる。なるほど、ここにウチとソトの境界があるのか。ホテル業界のトレンドはよく知らないが、多分斬新な仕掛けだ。いきなりビジホとの違いを見せつけられた。
中に入ってまず面白かったのが光使いだ。廊下は薄暗いし、部屋も廊下よりは明るいもののやや暗い感じがする。そのため、パソコンなど電子機器を使って作業するには向いていない環境であった。これは、むしろ電子機器をなるべく使わせないようにしているのだろう。都心ど真ん中にあるとはいえど、星のやはパソコンをいじる場所ではなく、そういうことを忘れて休むための場所なのだ。私は己の情報中毒の有様に気付かされた。ビジホとの違いを見せつけられたかのような思いだ。改めて照明を見ると、暖かくて柔らかい色をしている。ベストな薄暗さになるように、照明に詳しい人が調整を頑張ったのだろう。多分、星のやの照明の担当者は偉い人だ。偉い人が頑張ったのでスゴい照明になっているのだろう。照明のことはよくわからないが、そういう頑張りが感じ取れる照明であった。
部屋を眺めてみると、高そうなツボが置いてあった。部屋にツボ......、「ヒナまつり」で見た。つまりこれがヤクザの部屋ということか。それにしても部屋にツボが置いてあるとは。部屋にツボか。ツボが置いてある部屋なんて初めて見た。ここはツボのある部屋。ツボが存在感を放っているなあ。さすがヤクザ。......思わずツボにばかり目が行ってしまったが、他の調度品も一つ一つ高級感があっておしゃれだ。全てのものが上品オーラを発している。多分だが、こういうのを和モダンというのだと思う。部屋のお風呂場も高級感に溢れていて(*2)、危うく開いた瞬間「セレブか!!」とツッコミを入れてしまうところだった。ギリギリで堪えたため不審がられずに済んだが、うっかりツッコミを入れてしまわないよう気を張っておく必要がありそうだ。それと、ビジホと比べるのはあまりに失礼なのでもうやめようと思った。
部屋に着いて一休みし、大浴場に行くことになった。祖父と温泉旅館に泊まるときは、一泊あたり3回は大浴場に入らなければならない(条例でそう決まっている)。大抵は、16時、21時、7時の3回だ。浴衣に着替え、カードキーを首に下げて大浴場に向かう。前は照明ばかり気にして意識していなかったが、廊下も何か良い香りがする。お香が焚かれているのだろうか。エレベーターはカードキーがなければ動かない。自分に関係のない階にはいけないようになっているらしい。
大浴場についた。大浴場は、水道水を沸かした風呂なんかではなくちゃんとした温泉の風呂だと聞いていた(*3)。脱衣所にあった温泉の説明書きを読むと、どうやら大手町で湧いた温泉らしい。どこかから運んできたお湯なのかと思っていたが、大手町にも温泉があったのか。入ってみると、明るい脱衣所から一転して、風呂場は黒を基調とした石造りの壁に囲まれていて薄暗い。お湯は琥珀色をしている。この色味を見てすぐにピンと来た。これは清水湯蛇骨湯と同じ系統の湯だ。香りも同じである。ただ、色はあくまで琥珀色で、濁りは薄く床も見える(*4)。面白かったのが、内湯と露天風呂が繋がっていることだ。つまり、陸地にあるドアを開けて露天風呂に行くのではなく、浴槽部分にある露天風呂への通り道を潜って露天風呂部分に行くのだ。普通の露天風呂の場合、冬はたどり着くまでが寒くて凍えてしまう。これなら冬でも温まりながら露天風呂に行くことができそうだ。露天風呂は、天井は完全に解放されていて、石の壁から伸びた高い木の板で周りを遮断していた。木の板も黒色に塗ってあった。黒が好きなのだろうか。風呂から上がって、氷水で冷やされた牛乳を飲んだ。牛乳は脱衣所に置いてあった。ホテルの人はいないが、どうやら勝手に飲んで良いようだ。こういうのは千と千尋の世界なら罠(*5)であるところだが、私は今の所人の姿を保てている。
エレベーターで宿泊している部屋がある階に戻った。エレベーターを降りると目の前にはラウンジがあり、お菓子や本や飲み物が置いてある。これも勝手に飲み食いして良いらしい。ジュース、ミネラルウォーターにビールまである。せんべいをボリボリ食べた後、コーヒーを淹れて飲んでみた。いつもの缶コーヒーより苦味が薄く酸味が強い。缶コーヒーよりとても高い豆を使っているか、とても安い豆を使っているか、私が淹れ方を間違えたかのいずれかだろう。
夕食の確保には難儀した。土曜日の大手町でディナー営業をしている店はほとんどないのだ。星のやのレストランも閉まっているらしい。高かったが、結局部屋食を頼むことになった。ついでにビールを一缶飲んだ。食事を持ってきてくれたホテルの人に聞いてみたところ、やはりここは常に満室に近い人気のようだ。しかし、大浴場を含め人(*6)とあまり会わない。館内は非常に静かだ。おそらく、何かトリックがあるか、その他の客が部屋に引きこもって気配を消しているか、本当は満室には程遠いかのいずれかだろう。騒ぐ客がいたら、理念にそぐわないとして別室送りになっている可能性も考えられる。
夕食後は一休みしてまた風呂に行った。夜の露天風呂に入ると、衝撃を受けた。真っ暗な中に柔らかな光が浮かんでいて、とても美しかったのだ。光の使い方が非常に巧みである。曇天の都心でこんな美しい露天風呂に入ることができるとは思ってもみなかった。これにはいたく感動した。なるほど、昼間は意図が分からなかったが、木の板が黒く塗られていたのはこれがやりたかったのか。ナゾ解明である。多分、星のやの照明担当者はとても偉い人だ。とても偉い人が頑張ったのでとてもスゴい照明になっているのだろう。星のや東京で一番良かったところを一つ挙げるとすれば、私はこの露天風呂を選ぶ。
夜は雅楽の演奏があると聞いていたが、風呂に入っているうちに雅楽の時間は過ぎてしまった。しかし、「深呼吸」の時間には間に合った。「深呼吸」は、インストラクターの人と一緒に深呼吸しながらストレッチをして呼吸を整える場である。30分の「深呼吸」により、呼吸が整ってリラックスした状態で就寝できた。翌日は朝風呂に入って、豪華な朝食をとり、準備をして式場に出発した。
これまで星のや東京を褒めてきたが、良かったことだけではない。部屋で布団が敷いてあるところが、他の部分より一段高くなっているのだ。その結果、深夜にトイレに行こうとした祖父がその段差でつまづいてしまった。怪我はなかったが、祖父はその後バリアブル(*7)がどうのこうのとぶつぶつ言っていた。祖母は祖母で腰が痛いとうんうん言っていた。私はもう気が気でなかった。布団はとても柔らかく入眠時の心地よさは抜群であったが、これらの要因により中途覚醒がつらく、結局あまり眠ることができなかった。
恐らくだが、祖父母にはオシャレさを削ってでももっと老人ホームに寄せたホテルの方が合っているのではないか(*8)と思う。私にとっても、かなり新鮮さに満ち、それでいてリラックスできた宿泊ではあったが、値段分フルに満喫できたかというとやや疑問だ。私なんかよりももっとオシャレで、かつ心に余裕のある金持ちな人、それが星のや東京にピッタリな人なのではないだろうか。

(*1)東京アンチ疑惑のある祖父を東京に行かせるための策略という側面もあったと思われる。
(*2)この記事の内容全てに言えるが、写真はない。東京カレンダーの記事を見るか適当に検索してほしい。
(*3)ホテルを探すときに「温泉付き」というのは絶対に外せない条件だった、と伯父が言っていた。
(*4)清水湯のお湯は床が見えない焦げ茶色である。
(*5)小学生の頃、一度「千と千尋の神隠し」を母上と自宅で見ようとしたのだが、家族が豚になる序盤のシーンが絶望的に怖くて逃げ出してしまった。これがトラウマとして私の中に固着しており、未だこのシーンの先の内容を知らない。いずれ決心がついたら見るかもしれないので、コメント等でネタバレするのはやめてほしい。
(*6)ホテルの従業員の人にもあまり会わない。できるだけ裏方に徹しようとしているらしい。それでいて至れり尽くせりのサービスである。すごい。ただ、祖父はこの方針があまり好きではないようだった。
(*7)祖父はバリアフリーのことをバリアブルと呼ぶ。
(*8)そんなホテル(更に温泉付きのもの)が実在するのかは別として。

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