2019年3月13日水曜日

思い出の石

転居に伴って、壊れたプリンタ、カビた布団、1960年代の左翼のビラのコピー、月刊「恒河沙」20冊ほどなど様々なものを手放した。中でも思い出深かったのが、アメリカで手に入れた石灰石だ。

東大の1年次のカリキュラムに「初年次ゼミナール」という授業がある。これは大学での学びのチュートリアルとして開講されるゼミ形式の授業で、1人の教員のもとに10〜20人程度の学生がつき、輪読やデータ解析などを行うものである。この「初年次ゼミナール」で、私はアメリカの地質に関する洋書を輪読するものを選択した。この授業の終了後、学んだ内容を実際に見て確かめるアメリカ巡検を先生が主催してくれるというのだ。そして、私はそれに参加した。
その巡検の中で、デスバレーという場所を訪れた。リンク先のU.S. National Park Serviceのウェブページにも書いてある通り、アメリカで最も暑く、乾燥していて、低い場所がデスバレーだ。湖が干上がってできたバッドウォーターが見所である。
さて、我々はこのデスバレー近くのDumont砂丘と呼ばれる場所(*1)を訪れた。ここはかつて地球全体が凍る「全球凍結」があったことを示しているというのだ。
写真1 Dumont砂丘。地層が露出している。下部にはレキの存在が確認できる。
写真1にDumont砂丘で観察した地層を示す。下部にある草の左に、大型のレキがあることが分かる。こうしたレキはドロップストーンと呼ばれる。磁気調査の結果、このレキは赤道近くから運ばれてきたものだとわかったそうだ。全球凍結があったとすれば、氷河がレキを運搬したとしてドロップストーンの存在をうまく説明できる。
全球凍結の証拠はこれだけではない。この地層の頂上に登り、地面を撮影したものを写真2に示す。この白い岩は石灰岩で、キャップカーボネートと呼ばれる。全球凍結説によれば、地球が凍っている間に海に溶け込めなかった二酸化炭素が全球凍結終了後に一気に海中に溶け込むことによって形成されたものだということである。
写真2 キャップカーボネート。全球凍結後に二酸化炭素が海中に溶け込むことで形成された石灰岩とされる。
この石灰岩をハンマーで叩いて割り、お土産として持って帰った。帰ってからは本棚に飾って時折眺め、地球の歴史に思いを馳せたものだった。

こうして石灰岩を眺めていたある日、これが本当に石灰岩なら酸で溶けるはずだ、だから溶かしてみようと思い立った。石灰岩に塩酸を加えてみると、果たして発泡しながら溶けていった。こうして思い出の石灰岩は泥水になった(写真3)。
写真3 持ち帰ったキャップカーボネートを塩酸で溶かしたもの。
これを濾過すると、透明な黄色の液体が得られた(写真4)。
写真4 写真3の液体を濾過した後の濾液。
ここにヘキサシアノ鉄(II)酸カリウムを加えると青色沈殿が生じた。このことから、この液体には鉄(III)イオンが含まれているはずである。多分これは縞状鉄鉱床の鉄だろう。

かくして、思い出の石はボロボロの濾物になった。私はこの濾物も袋に入れて大切に保管していたのだが、四年生になって改めて袋を開けてみると、どうでも良いただのゴミ......は言い過ぎにしても、空間を無駄に占有する残骸のように見えた。だから私は思い出の石を捨てた。

 (*1)国立公園に指定された地域の外。

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