2018年4月29日日曜日

大学受験と環境の力

入試の日を振り返る記事を書いていてふと思ったが、私の合格に関しては、自分個人の努力よりも、生まれの力、周りの力が非常に大きい。勿論、東大の学生の中で比べればもっとすごい親、すごい環境で育った人はたくさんいるのだが、私も十分すぎるほど恵まれていた。日本全体で考えて、上中下に分ければ上に入るくらいには恵まれていたのではないか。
例えば、私は姫路の外れに育ったが、姫路もそんなに田舎ではない。姫路で模試を受けられたし、ジュンク堂でたくさん参考書に触れることができた。
他で言えば、経済的に困窮していなかったというのがまず大きい。このおかげで東京で一人暮らしできている。浪人してもいいかという余裕があったので東京大学を受けることを躊躇せずに済んだ。小学生の頃やらせてもらった作文の通信添削講座はとても身になった。魚介類は肉よりも高いが、幼少期からたくさん魚を食べさせてくれたので頭が多分良くなった。
文化的資本は極めて大きい。父がwell-educatedで、小学生の頃は父に勉強を教わっていた。(合格しても行かなかったが)私立中学に合格できたのはこのおかげだ。父は色々な疑問に答えてくれた。学研の子供向け付録付き科学雑誌のような科学教材を沢山買ってくれた。家に本がたくさんあった。図書館に連れて行ってくれた。父自身も科学啓蒙書を読み、気に入った本を与えてくれた。特に「生物と無生物のあいだ」は小学5~6年生の頃繰り返し読んだし、一緒に議論してくれた。
私が小学5年生の頃、上郡に新しく公立中高一貫校が開校した。この学校がまたよかった。私は生まれたタイミングがよかったのだった。たくさんの実験と観察をさせてくれ、考える力が磨かれた。できた友人がよかったし、先生がよかった。中学受験をしようという話になったのは、もともと私の副教科の成績が(小学生時代から)ひどく悪かったのが発端だと記憶しているが、それで中学受験という発想に至ったのが周りの力である。親や担任の先生に勧められてこの中学を受けたのだった。そしてできたばかりのあの中学に目をつけたのが誠に慧眼だった。理数教育に力を入れていた点が、父の教育方針に合っていたのだろう。いや、私自身この中学校への進学を希望していたのだが、あの中学の方針を魅力的だと感じた背景には父からの理数教育があるわけで、いわば裏で操られているようなものである。

都会のすごい学校は、東大受験について情報の蓄積があるだろうし、少なくとも春日駅から本郷に向かおうとして道に迷うなんて間抜けなことにはならないだろうから、羨ましいと思ったのは確かだ。しかし、私はそもそも小学校卒業時点で灘や開成に受かる学力はなかったので、もっと都会に生まれていたらどうなっていたのかは想像がつかない。たくさんの友達が東大を受け、そして受かっていくというのも、落ちたときのプレッシャーがすごそうである。私の高校なら滅多に東大に受からないので、ある意味気楽だった。それに、受かれば褒めそやされて気分がいい。
あんまりこういうことを言うと自慢と取られて心象が悪いかもしれないが、大学受験に際して努力した記憶は特にない。気ままにゆっくり勉強していたら受かってしまった。それを可能にしてくれたのは完全に周りのおかげである。特に努力していないのだから、合格は私の努力のためだとは言えそうにない。環境さえ整えて、幼少期から良い教育を与えれば(今の基準の)東大に受かる人は結構たくさんいると思っている。周りのおかげなのに東大生ということで褒めそやされるのは、褒められて悪い気はしない一方で、なんかこう、世間や落ちてしまった人に申し訳ない感じがある。

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